「異論」の持つ力は、すなわち「驚き」の力にほかならない。間違った答えが大声で叫ばれるのを聞くこと、つまり、青が「緑」と言われるのを聞くショックによって、われわれはその色の持つ意味をもう一度考えてみるようになる。
その奇妙な回答を理解しようとして、問題を新しい視点から考え始める。その結果、青を空に安易に結びつけるといったわれわれの緊張感のない連想は、影を潜めるようになる。予期せぬものと出合うことで、人間の想像力が大きく広がったわけだ。
だからこそわれわれは、Twitterで見知らぬ人をフォローすべきなのだ。われわれは自然なままでは、お気に入りのブログや、自分とよく似た知 人、同じような考えを持つ書き手を周りに集めることになる。それは、人生をより快適にするかもしれないが、より制限された思考にもつながるのだ。
――私はこの週末にカフェで カプチーノを待っていたとき、同じように飲み物を待っている人たちが、自分と全く同じような服装をしていることに気がついてショックを受けた。着崩した ジーンズ、ちょっと奇妙な字が書かれたTシャツ、フランネルのシャツ、もじゃもじゃの髪。そして皆が同じガジェットを見つめ、おそらくは同じようなウェブ サイトを見ていた。つまり、われわれは自分が個性があると思っているが、それは大きな幻想なのだ。これは自己嫌悪してしまう発見だった。
インターネットで出会う見知らぬ人が、われわれに、神やデトロイトやカーダシアン家について、新しい考えを見せてくれるかもしれない。
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| — | 「知らない人をフォローすること」と独創性 | WIRED VISION (via pinto) |